最後から二番目の真実

主にミステリの感想

「ノックスの十戒」「ヴァン・ダインの二十則」2

「ノックスの十戒」「ヴァン・ダインの二十則」では勢いに任せて汚い言葉で書いてしまったので改めて自分の考える「十戒」「二十則」の意義やらを書こうと思います

そもそもノックスの十戒とは

ノックスの十戒(ノックスのじっかい、Knox's Ten Commandments)は、ロナルド・ノックスが1928年に『1928年度傑作探偵小説集』で発表した、推理小説を書く際のルールである(原文(英語)は2027年末まで著作権で保護されているため、転載不可)。日本では江戸川乱歩が『幻影城』の中で紹介している。

推理小説のプロットを作るにあたって、作者が読者に対してフェアであるべきために、守らなければならない事柄を10の法則としてまとめたものである。

fromwikipedeia

具体的には

 (1)犯人は小説の初めから登場している人物でなくてはならない。又、読者が疑うことの出来ないような人物が犯人であってはならない。(例、物語の記述者が犯人)
 (2)探偵方法に超自然力を用いてはならない。(例、神託、読心術など)
 (3)秘密の通路や秘密室を用いてはいけない。
 (4)科学上未確定の毒物や、非常にむつかしい科学的説明を要する毒物を使ってはいけない。
 (5)中華人を登場せしめてはいけない。(西洋人には中華人は何となく超自然、超合理な感じを与えるからであろう)
 (6)偶然の発見や探偵の直感によって事件を解決してはいけない。
 (7)探偵自身が犯人であってはならない。
 (8)読者の知らない手がかりによって解決してはいけない。
 (9)ワトスン役は彼自身の判断を全部読者に知らせるべきである。又、ワトスン役は一般読者よりごく僅か智力のにぶい人物がよろしい。
(10)双生児や変装による二人一役は、予め読者に双生児の存在を知らせ、又は変装者が役者などの前歴を持っていることを知らせた上でなくては、用いてはならない。

といったものです。これらをざっと読むと
 「フェアに書くべき」 といったものだと言う事が分ります。読者が想像することすら出来ないことを使うべきでない、といってもいいと思います。そして手がかりは十分に提出すべきとも言っていいと思います。はたまた読者に「そんなん知るか!」と言わせない、とも

これら、なぜ十戒を作ったのか、という精神が重要であり、その文そのものには余り現代性、あるいは普遍性がないことも分ると思います

十戒を破っても十分に面白いミステリはあります。十戒を守れば文句は言われないかもしれませんが、それと傑作とは違うというわけです。

十戒は十分条件であって必要条件ではない、というわけです。これが言いたかったわけです。

ですので十戒を使ってミステリかどうかの判断は出来ないのです。そして必要条件は人それぞれ違うため作られないのです