最後から二番目の真実

主にミステリの感想

天啓の器

天啓の器 (創元推理文庫 M か 2-6)天啓の器 (創元推理文庫 M か 2-6)
(2007/12)
笠井 潔

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これは観念のエンタテイメントだ!

作者笠井潔(彼は作者ではないのかもしれない)の持つメタミステリ、アンチミステリ、作者と小説、差し出される天啓の雨を受けようとする器への。その思想をぶつけた一冊のマッチョな作品だ。

だからこそ、この観念は面白い、興味深い、楽しい。作者の(読んでもらえるとわかるが、もう作者などは存在しないのかもしれない)本気がこの大部を読ませる。その意味で読者もまた作者の受けた天啓を作者という器から受け取るもう一つの器だ。

中井英夫の書いた『虚無への供物』。その衝撃に自分も影響を受けた一人なのでなおの事この「虚無」への情熱に中てられた。

「天啓の器」、それ自体の構造としてはAパートがBパートを産み、BがCパートを産み、CがAを補完するウロボロス状の構造をとっている。それを後書きがひっくり返し、前後の「公表者の緒言」、「公表者の後記」が更にそれらの間を曖昧にさせている。その状況を曖昧にすることなく計算しつくした上で曖昧にしているのは「笠井潔」という「大文字の作者」。しかし最後まで読めばもはや「笠井潔」は「大文字の作者」足りえないことがわかる。彼は「公表者」に過ぎないのだ。

メタミステリというと何やらふわふわした、捉えどころのない物を想像して避けている方がいるかもしれないが、これは読む価値がある。読み終わったときに曖昧さはない、しかし作者は特定できない。霧の中の不連続線の向こう側に行っている。しかし、もう一度言うと謎は解かれ輪郭ははっきりしている。矛盾しているようだが、事実ハッキリと作者を曖昧なものにしている。

その計算深さとテクニック、それを笠井特有の硬質な文章がエンターテイメントに仕立てている。この文章はいま、読み終わった直後に書いている。これを一気に書かせるほど自分は今興奮している。それほどに面白い!「虚無への供物」を知らずとも「ウロボロス」連作を読んでいなくとも楽しめる一冊。ぜひ読んでもらいたい。本当に