最後から二番目の真実

主にミステリの感想

アンチミステリーと後期クイーン問題について

http://d.hatena.ne.jp/pucci2486/20080819/1219325402
について

とりあえず気になる点はここです

 つまり何が言いたいのかというと、どんな解答も、著者(神)による真相(神託)でさえも!それは絶対ではないということ。

 著者という作品中の最高神でさえ、未来の自分という、より上層のメタ存在によって、いくらでも真相は改竄され得るのです。

 つまり、非常に乱暴な極論ですが、「後期クイーン問題」を語る限り、ミステリーはパズルたり得ないというジレンマに陥るのです。

 ミステリーがミステリーとして高潔であろうとした結果、自らの存在を否定するに至ったことの何と皮肉か・・・。

 これを私は皮肉な意味を込めて”アンチミステリー”と呼んでいます。

自分が気になっていることは

  • 後期クイーン問題=真相が改竄可能であり、作中探偵は真実へ到達不可能であるという問題
  • アンチミステリー=後期クイーン問題である

この2点

後期クイーン問題について

1点目の後期クイーン問題の定義は特に異論は無いです。(改竄可能というのがどういう意味かわからないので「作中探偵は真実へ到達不可能であるという問題」とだけ捉えると)作中探偵がたどり着けるのは「最後から2番目の真実」まで。真実にたどり着けないこの問題はいくつかの問題にさらに分解可能です。

  • 「証拠が充分そろったか」
  • 「証拠の真実性は?」
  • 「探偵が明かした"真相"が真実であることを保障するものは?」

こんなところでしょうか?ミステリではこれらの問題に対して

  • 「証拠が充分そろったか」→「読者への挑戦状」という形での作者からの保障
  • 「証拠の真実性は?」→「矛盾点が無い限りは信用する」という実社会での慣習の採用
  • 「真実であることを保障するものは?」→作者からの保障

基本は「作者を信じて下さい」なわけです。作者がこれに悩み始めたり、信用できない場合はどうしようもないですけどね。

ミステリではこの問題を「真相に到達できないけどそれが何か問題?」と無視するか、「探偵は真実をあらかじめ知っている」とするか、「すべては偶然である」としてしまうか、その他多くの方法が提示されています

後期クイーン問題を「ゲーデル問題」とかいうのは(08-09/7追記:後期クイーン問題とゲーデル問題は同一の物では無いようです*1)この

  • 探偵による真相が真実であると「作中からいかに証明するか」

という問題が

第1不完全性定理
自然数論を含む帰納的に記述できる公理系が、ω無矛盾であれば、証明も反証もできない命題が存在する。
第2不完全性定理
自然数論を含む帰納的に記述できる公理系が、無矛盾であれば、自身の無矛盾性を証明できない。

の第2不完全性定理に似ているからです。("似ている"という言い方は同一視できるかが自分には分からないからです。ぱっと見は似ていますけども)

で、話は本題に戻してこれが

  • 後期クイーン問題=真相が改竄可能であり、作中探偵は真実へ到達不可能であるという問題
  • アンチミステリー=後期クイーン問題である

の第2項

  • アンチミステリー=後期クイーン問題である

かどうかです。

アンチミステリーについて

まず「アンチミステリー」とは何か?
これは中井英夫の「虚無への供物」に使われた言葉です。基本的にアンチミステリー=「虚無への供物」だったのです。しかし「ドグラ・マグラ」「黒死館殺人事件」とともに「虚無への供物」が「黒い水脈」、「三大奇書」という流れでくくられたことからアンチミステリー=「ドグラ・マグラ」「黒死館殺人事件」「虚無への供物」とも考えられるようにもなりました。

ですのでアンチミステリーといえば「虚無への供物」を指すか「三大奇書」(+匣の中の失楽)を指す言葉だったのです。その後安易に使われて来たことも事実ですが。

このことから

  • アンチミステリー=後期クイーン問題である

というのは無いと思われます

三大奇書に共通するのは(かなり強引ですが)「ミステリーの形式を用いながらミステリーを破壊し、それでもなおミステリーである」ということでしょうか?あるいは幻想性も入るのか?何分アンチミステリーといえば「虚無への供物」を指すか「三大奇書」(+匣の中の失楽)を指す言葉だったので上手く言い換えれません。

しかし、確実にいえる事は
これら「三大奇書」において「後期クイーン問題」は共通点として見えてこないのです。(虚無への供物単体でも)
なぜならこの「後期クイーン問題」はごく最近(http://rrm.fc2web.com/report/queen.htmによれば1995年に)話題になったものだからです。勿論三大奇書の著者が当時後期クイーン問題に対して自覚的に考え書いたとも考えられなくも無いですが、実際に作品に現れてはいません。

結論

竜騎士07さんの言う
「アンチミステリー」は竜騎士さんだけの定義なので一般的な定義ではないということ
また
「後期クイーン問題」も
自分は「最後から二番目の真実」や「バイバイ、エンジェル」「奇偶」「神様ゲーム」等である程度は解決、回避できているものと考えています。

できれば「ひぐらしのなく頃に」や「うみねこのなく頃に」でミステリに興味を持った方は他のミステリを読んで、ミステリのもつ多様性を楽しんで頂ければと思います。こういった堅苦しいことばかりやっているわけではないのです。

番外

おまけで

 基本的に”ミステリー”と語った場合、これは”本格ミステリー”のことを指します。

はさすがに言いすぎだと思います
ミステリーには多様な内部ジャンルが存在していますので。(ハードボイルドや捕物帳、サスペンスにノワールあるいはバカミス)本格はあくまで一ジャンルに過ぎません。
本格ミステリーが「本格」と呼ばれるのはまた別の理由があり、

 乱暴なまでに簡単に説明すれば、本格ミステリーとは、劇中で説明された情報によって、劇中の解答を待たずに読者が正答可能なものを指します。
 これこそがミステリーの本流であり、まさに”本格”と冠するに相応しいでしょう。

というわけでは無いのです。解釈は人それぞれですが。

08-08/25追記*3 *4

虚無への供物……1964年(昭和39年)出版
ドグラ・マグラ……1935年(昭和10年)1月出版
黒死館殺人事件……1935年(昭和10年)5月出版
匣の中の失楽……、1978年(昭和53年)7月出版

さらに追記08-08/25で続き

http://d.hatena.ne.jp/pucci2486/20080825/1219666498

*1:http://d.hatena.ne.jp/pucci2486/20080825#cのコメント欄より

*2:参照wikipedia- http://ja.wikipedia.org/wiki/ゲーデル不完全性定理

*3:http://ja.wikipedia.org/wiki/三大奇書

*4:http://ja.wikipedia.org/wiki/匣の中の失楽