最後から二番目の真実

主にミステリの感想

熾天使の夏 -笠井潔 (書きたいことがまとまらない)

熾天使の夏 (創元推理文庫)

熾天使の夏 (創元推理文庫)


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学生運動に伴うリンチ事件の主謀者としての刑務所生活を終え、ひっそりと男は暮らしていた。ある日彼は誰かに尾行されていることに気づく。待ち伏せてみるとそれは昔の仲間であったのだが…。逃亡先の植民地都市で、かつて革命の時を生きた男は何を思い、何を求めるのか。矢吹駆の罪と罰を描いた、シリーズ第ゼロ作としても知られる、笠井潔の原点!幻の処女長編テロリズム小説。


 今年は矢吹駆の日本篇である「青銅の悲劇 瀕死の王」を出版し、この「熾天使の夏」との関係を仄めかしていたこともあり、再読したくなり購入。


 もともと自分は高校生の頃にこれを読んでいました。当時は「バイバイ、エンジェル」を読了した後、うかされる様に矢吹駆シリーズを読んでいました。笠井氏の熱い語りに影響を受けていたのかも知れませんし、何者かになりたいのになれていない自分へのある種の慰めだったのかもしれません。その中で「熾天使の夏」を読みました。当時は自分の周りにリアリティを感じることができていませんでした。自分の将来なんてのは分からないし、回りもなんだか自分とは何の関係も無く動いていて、自分の周りに触れない空隙があるような感覚を持っていました。そんな中で如何に現実味ある世界を生きれるのだろうと考えていた当時の自分は今でいう中2病だったのかも知れません。ただ、その当時の自分に、この本はジャストミートしました。



 そして今、911後の世界をテロリズムの世紀を生きる私が読む「熾天使の夏」は幾らか当時とは違った感想を持ちました。

 カケルが爆弾によるテロを行い、海外へと逃亡、イリイチと出会い「赤い死」を知ることとなる本作。当時の自分にはカケルの行う「私よりも深いところにいる私」を知ろうという行為は冒険的で英雄的で憧れでした。そして今でも矢吹駆は名探偵であり、英雄であり、一人の求道者だと思います。しかし、この第0作では「生の人間」のようなものを今回は感じました。彼は悩み、求める存在です。このことは当時は余り感じなかった部分です。今ではこの部分に心を揺さぶらされます。

 革命に掴まれたものであると自らを称してテロルに走るテロリスト、矢吹駆は今では唾棄されてしかるべき存在ですが、しかし、彼をただの犯罪者であると断罪できるでしょうか?私にはできません。自らの深いところにある神や無意識と呼ばれるものと対峙しようと言う試みは今でも私の心を掴んでいます。この物語にでてくる風視にしろ葦男にしろ憑二にしろ非常に人間的であるように感じます。今自分が目を背けている飢餓、貧困、戦争、これらに対する憤りが一つのうねりを持っていた時代があったことをまざまざと見せつけられます。彼らは私でした。

この本が見せるのは現実です。明らかに今でも残っているものです。彼らはいまや絶滅危惧種かもしれませんが、しかし、その奥底で彼らである若者はまだいます。


読む程に書きたい事があふれてきますが、あまり書き続けることができません。これはそれほど読者に対して問いかけているのだと思います。

話の内容に目を移すと、気になってくるのは風視の子。妹の雨香に託されたようですがもしかして「青銅の悲劇」の響であったりするのでしょうか?読み直してみます