最後から二番目の真実

主にミステリの感想

人形の部屋 -門井慶喜

人形の部屋 (ミステリ・フロンティア)

人形の部屋 (ミステリ・フロンティア)

「じつはフランス製じゃないんだ、フランス人形は」「そうなの?」ある春の日、八駒家に持ち込まれたプラスチックの箱の中身は、「冬の室内」といった趣の舞台装置と、その右のほうに置かれた椅子に行儀よく腰かけている少女の人形。子供らしい快活を示すように、ひょいと天を向けた少女の左足のつま先は――こなごなになっていた。破損の責任を押しつけられそうな敬典の姿を見て、娘のつばめは憤慨するが、敬典は不思議と落ち着いていて……。
きっかけは小さな謎でも、それらは八駒家の食卓の上で壮大なペダントリに発展する。『天才たちの値段』で鮮烈な印象を与えた新鋭が贈る、あたたかなタッチで描かれた愉しい連作。(amzonより引用)

人を書く事とはどういうことなのだろうか?という問いが本書を読んでいる最中や読み終わった後まで頭の中でぐるぐる周っていました。


本書に出てくる人間たちはいかにも実際に存在しそうです。怒鳴り散らすことが上手な如何にも取引先に存在しそうな偉いさま。専業主夫に徹する雑学豊富なお父さん。繊細で父親思いだけれども思春期らしい不安定さを持つ娘。ほんの少しだけ登場して母親らしさを効果的に見せてくれる働く母親。どれもなかなか書けるものではない、リアルでありながらそれぞれに個性を持たせて生き生きと動かしている作者の力量は非常に高い。


しかし、どうにも乗り切れない。少々父親の雑学語りが効果的に語られすぎているからなんだろうか。娘はまるで父親の知識を知っているかのように絶妙な合いの手が入る、どうも作られているような雰囲気が出ているからなんだろうか。巧妙に作られたCGのように「本物らしいけれども本物でないことが直感的に分かる」感じというか。


ミステリとしての謎解きは弱く、発想は面白いもののいまいち技巧的で情熱に欠けていて自分にはピンとこない。自分と作者の相性が悪いのか、はたまた門井氏のテクニックの問題なのか。


すこし残念でした。