最後から二番目の真実

主にミステリの感想

綺想宮殺人事件 -芦辺拓

綺想宮殺人事件

綺想宮殺人事件

琵琶湖畔にそびえる壮麗な怪建築群―“綺想宮”を訪れた名探偵・森江春策を待ち受けていたのは、美しき案内人・二十重亜綺楽と七人の奇怪な滞在客だった。この不可思議な宮殿に森江が到着した晩、自動的に詩をつむぐ機械「大発見」が火精、水精、風精、土精の呪文を歌い上げた。翌日から、天地創造の七日間を表わす曲が奏でられる中、滞在客は次々謎の死をとげてゆく。暗室で発見された五芒星の上の焼死体、毒草園に描かれた九芒星と地中に埋められた死体…それぞれの死体に過剰なまでに凝らされた「見立て」は何を意味するものか?本格ミステリを愛し、その神髄を知り抜いた著者が「探偵小説の最期」に捧ぐ訣別の書。(amazonより引用)

作者のやりたいことがラスト100ページに込められている。だが、その100ページのためにそれまでの300ページがあるわけで、こいつは正直辛い

なにせペダンティックと言うよりはwikipediaを丸写しみたいな内容を延々語られて、おもしろみが薄い。最後にこういった語りに意味があることがわかるけども……

詰まるところラスト100ページに楽しみを見いだせるか。その楽しみは作者の個人的な感情なので、その感情にどこまで入れ込めるかがこの作品を楽しむポイントかなぁ、と。

自分としては芦辺氏の言いたいことにそこまで文句を言いたい気にもならないし、賛成できるところがあるけど、感情的すぎてねぇ。裁判の無効化をはかる人たちへの批判、その情熱の出所がはっきりしないのが原因だと思いますが、乗り切れない。

ラストの「探偵原理」も面白いが、これをやるために最初に「背景に近い語り手」を置く手法に納得できない。これを入れ込む必要はない気がする。というか「語り手」の存在のせいでいまいち犯人捜しがしづらい。


主張と作品作りがミスマッチしている