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最後から二番目の真実

主にミステリの感想

吸血鬼と精神分析 -笠井潔

 

 

吸血鬼と精神分析(上) (光文社文庫)

吸血鬼と精神分析(上) (光文社文庫)

 

 

吸血鬼と精神分析(下) (光文社文庫)

吸血鬼と精神分析(下) (光文社文庫)

 

 パリ市内のアパルトマンでルーマニアからの亡命将校が射殺され、床には“DRAC”の血文字が残されていた。その一週間後、今度は被害者の女性たちが全身の血を抜かれる連続猟奇殺人が発生、通称“吸血鬼”事件がパリを震撼させる。旅先から戻った矢吹駆は、一連の事件の犯人が遺体に動物の「徴」を添えていることを指摘するが…。名探偵矢吹駆シリーズ、待望の第6作!

  毎回、著名な哲学者を模した人物が出てくるこのシリーズ。今回はラカンと言うことで精神分析に多量のページを割いて説明が入る。しかし、今回はあまりラカンは表に強く出てこない。今まではハイデガー(のような人)やヴェイユ(のような人)はストーリーと強く絡み合い、それ故にこのシリーズの印象を強くしていたが、今回はラカンその人よりも精神分析と対置されることとなる吸血鬼に対して強い印象が残る。

 

それというのも、東ヨーロッパ出身で現代を生きる私たちからすると全く違う環境で育った人々がメインとなって動くからだろう。ムーミントロール(作者は律儀にムーミンではなく、この呼び方をしている)を見ても、それが何かを知らない人達。遙か昔ではなく、ほんの少し時代の違いを感じさせる人達。そういった人と駆の会話からは、精神を分析の対象と考えるのではない、また違った手触りを感じた。

 

今回、いつもなら話を引っかき回すナディアは心を病んでいるようで、鏡を見ることが出来ない。そのための精神分析を受けようとすることで話は進むのだが、動き回れないナディアが中々に新鮮で、後の「青銅の悲劇」での落ち着いた姿を連想させる。

 

吸血事件とそれを特徴付ける「シーニュ」を元にした推理はアクロバティックではないが、「オイディプス症候群」「青銅の悲劇」の丁寧な推理を受け継いだ飛躍のないキレイなロジックといえる。

 

改めて読み直すことで深く味わえた。満足。